人間としての在り方生き方教育の推進
子ども達のコミュニケーション能力の低下や将来の夢や希望を語れない子ども達の存在は気がかりである。育ちゆく子ども達一人一人が夢や希望を語り合いながら成長する創出しなければならないと強く感じるこの頃である。中央教育研究所(東京書籍株式会社)の研究報告に一稿を投じた。
<総合的な学習の時間に期待する>
今から30年程前、平成元年の学習指導要領改訂の小学校完全実施の年に、当時の文部省の初等中等教育局の高等学校課の研究開発担当の専門員として、勤務した。
平成元年(1989年)11月にベルリンの壁が崩壊するとともに、国際化が急速に進むとともに、パソコンやインターネットの急激な普及等もあり、情報化に対応した教育が直面する課題であった。
また、改訂毎に教育内容が追加され、教育内容の精選も大きな課題であり、従来の教科校正を抜本的に見直す必要性や教科の再構成、そして、小学校では、平成元年改訂で1・2年生に生活科を導入したこともあり、その後の学年でどのように発展させるかなど、次期の改訂への方向性が真摯に議論されていたように記憶している。
さらに、一方で、抜本的な教育課程の改善も議論され、教科の再構成等を含めた改訂に向けた機運があったように覚えている。そうした中で、研究開発学校の各研究では、徐々に、教育内容を厳選する提案とともに、各教科の再構成を必要とする社会の急激な変化に対応した教育内容を特設の時間を設定し、取り組む(のちの総合的な学習の時間)の研究開発が多く見られた。この研究開発学校の研究の成果が、後の「総合的な学習の時間」の創設であり、中学校の選択教科履修幅の拡大として、平成10年に改訂された。
しかし、その後、「ゆとりある教育」を「ゆるみ教育」と揶揄され、前回及び前々回の改訂では、教育内容が増加され、小学校からの英語教育や情報に関する教育の導入やICTを活用した指導の推進、道徳の特別教科化など大幅な改訂がなされ、教育内容が過剰になっている。
<次期の学習指導要領の改訂に期待すること>
今次改訂においては、これらの改訂の成果の客観的な分析評価を踏まえるとともに、日進月歩の高度情報通信社会の進展を踏まえた教育課程の在り方を抜本的に改善していかなければならないと考える。
また、前回の改訂やGIGAスクール構想等を踏まえて、教科の学力形成だけでなく、急激な情報メディア発展を踏まえて、知・徳・体の全人的な陶冶・社会性の涵養を目指す改訂でなくてはならないとも考える。
さらに、高度通信社会の中で成長していく児童生徒の豊かな人生の基礎を培うための基礎基本の形成という視点に立った教育課程の編成の基本的な在り方についても示されなければならないとも考える。
そして、この数年間、コロナ禍での学校生活や社会生活の中で、本来の学校の集団生活の中で成長を促してきた社会性の涵養や人間としての在り方生き方教育を推進する方策についても改訂の中で構想されなければならない。
1 高度情報通信社会の進展を踏まえた教育内容の厳選
2 情報化社会を担える豊かな人間性の涵養
3 総合的な学習の時間の充実方策の検討
4 教育課程編成の学校裁量の拡大と学校裁量予算の必要性を示唆
5 人間としての在り方生き方教育の推進
6 特別な教科道徳の改善
7 自ら調べ、自ら考える教育課程の編成
8 AI(チャットGPT等)を活用する教育課程の編成
9 小中一貫教育を前提とした教育課程の編成方法を示唆
10 異年齢集団による学習活動や体験を重視した教育課程の編成
<在り方生き方教育の推進>
近年、青少年の犯罪の増加や凶悪化が話題になるとともに、不登校や引きこもりの増加が指摘されている。また、若者の社会規範をどう育成するか、子どもたちの将来の夢や希望をいかに育むべきか、ということも問われる。
一方、青少年の国際比較調査などを引きながら、日本では将来の夢や希望を語れない若者が多い、あるいは自分の将来のことを思い描けない若者が増えている。
こうした状況の中、ますます在り方生き方教育が現実的な課題として求められていると考える。高度情報通信社会が急激に進展する中で、小・中・高を問わず瞬時に情報が伝わる社会の趨勢を考えれば、小さい頃、すなわち小学校段階からも人間としての在り方生き方教育を始めなければならないように思う。
<豊かな人生を考える読書教育の推進>
かつては、小中学校では、児童生徒の読書習慣を定着させるため、多くの学校で「朝の10分間読書」などの取り組みが行われていたが、昨今の学習指導要領改訂に伴う学習内容の増加の影響もあってか、朝読書の時間も少なくなっている。
読書は知識や感性を育てる基礎である。読書指導を推進し、特に伝記や歴史書を推奨したいと考えている。自らが生きていく社会に興味を持ち豊かに生きる人生の在り方生き方を真摯に考える教育活動を展開しなければならないように考える